入選作品一覧

論文L部門:応募なし

論文S部門:応募2件

 ノアール賞・「愛の言葉」 朝霧裕

 次点・品川あかり


自助具部門:応募1件

 次点・うっちー


映像部門:応募2件

 佳作・「Bomb!!」 姫宮みなも

 佳作・「恋だけがしたいワケじゃない。」 吉田ゆきの


TENGA賞(特別協賛企業賞):応募5件

 佳作・「Foo」 佐藤大介

 佳作・ YASU

 佳作・「オナクッション」 東海林将司

 次点・「オナミール」、「カットテーブル」 武田雅治


川柳部門:応募134件(59名)

 優秀賞:「技巧より 僕にあるのは コマす舌」秋谷ゆうじ

 TENGA社長賞:「立てぬとも 勃てばいいだろ ほととぎす」ブンタカ

 ノアール理事長賞:「オナニーを 手でするなんて 贅沢だ」ハセガワー

 佳作:「ぽこちんは 健常者より 立派だぜ」HACI

 佳作:「ウイスキーも 女の味も 知らぬ舌」菊池洋勝




論文S部門:応募2件

 ノアール賞・「愛の言葉」 朝霧裕

愛の言葉/朝霧 裕

「障害者の性」なんて言われたって、だって、まるで自由に歩き跳べるものを、檻や籠、既存の鋳型にギュウッと押しこめ、入れられてしまうような感覚がしてたまらない。どいつもこいつも、キュウクツだ。ステレオタイプは、まっぴらだ。

「障害者とはこういうものだ」

なんて。<イメージの押し売り>へうまく乗っかろうなんて。そんな書物にもドラマにももういい加減うんざりだ。

障害者は心がピュアなんだって?

いつも一生懸命で、努力が絶えなく、前向きで、心が清くて、“天使みたい”だって?

恋愛や性には消極的な人が多いんだって?

「障害者って多くの場合にはこういうものでしょ?」

なんて言われたって、“多くの場合”と“一個人”に何の係わりがあるっていうんだ。

 「障害者の性」のことなんて、じっぱひとからげにされたって、悪いけど、私だって他の誰かのことまで知らないし

「全国の障害者の代表としてセックスのことを語っています」

みたいな顔、それこそできない。

… …でもね。

『常識』と個々人が一個人として信じている考え方の拠り所はそれこそもう人の数だけあるんだから、何が「当たり前のこと」かなんてこと、この広い社会において知らないが、食欲と性欲と睡眠は人間の三大欲求と言うからには、恋愛だってセックスだって、人として、障害者にだって、「あったとしても、当たり前」と、考えても罪はないのだろう。

 恋愛、セックス、その結果として子供を産み育て、次世代がまた繰り返すこと。

そうやって私たちは脈々と人間という種を絶やさずに生きてきた。そしてその人類史の流れの上に、私も存在しているし、これを今読んでいるあなたも居る。

 ならば、今、ここに「居る」以上、心身を、余すところなく使わなきゃ。命がもったいないじゃない?

そもそも命は湧くもので、湧き出でるあらゆる心情の波や、連なる呼吸、胸の高鳴りを、塞いで押して殺そうったってそうはいかない。誰がいつどこでどんな声を発したとしても、私たちには自由に考え表現をする権利がある。だから、本来、<タブー>など無い。

たとえば、障害者が恋愛や性について語ること。

女性が恋愛や性について語ること。「語る<な>!!」と上から押さえ付ける石の蓋こそ、それこそ、あってはならないのである。

「障害をもつ人は恋愛に消極的な場合が多い」なんて、そもそも誰が言い出したんだか、私にはまったく理解できない、と思いながら、私は10代、20代を自由奔放に生きてきた。それでも、私なんかよりもっととんでもない、私から見て変わった価値観を持っている人、波乱万丈と思える人は、古今東西いくらだっているから、自分では、

「私にはこれがフツウなんだ」

と、思っているが、この際、何がフツウか否か、一般的であるべきか?なんて、どうでもいい。そもそもが、比べなくても、いいのだ。

確かに、障害を持つ人の生活圏の選択肢が、大型施設への入所しかなかった時代には、

「障害者のくせに、施設を出てひとり暮らし?恋愛?!セックス?ましてや出産?ばかなこと言ってるんじゃないわよっ!!」

と、人権もへったくれもないような、現代(いま)から思えばあり得ない、人としての存在の全否定、という社会の功罪がこの日本にもまかり通っていた。

そのために、障害を持つ子どもは生まれてきても不幸なんだ、という考え方が昭和30年代から60年代当時の<一般常識的な考え方>とされていたし、障害を持つ本人の意思を無視して、施設の独断で、子宮を摘出させられたり、断種施術を受けさせられた障害を持つ人々も、実際、日本にも何万人という数で存在した。

 けれど、そんな時代、そんな施設の中でさえ、時代に自由の御旗を振って、

「ここでこのまま死んでたまるか、施設を出て、結果死んでも、施設から出て、自由に生きる!!」

と、街へ飛び出し、人として生きることを選んだ先達はたくさんいたのだ。ならば、現代に生きる私たちの、ひとりずつが、

「障害くらいで、ビクビク生きてどうすんの?!」

 というのが、人として、個人としての私の主張である。

  1979年生まれの私は、家を出るまで、家族の元に暮らしたために、施設に長期入所をせざるを得ない人々の「圧倒的な不自由さ」については経験がない。病院への入院は度々経験しているが、一時的な怪我や病気での入院と、5年、10年の長い月日を、入所施設で暮らすことの不自由さとは違い過ぎるだろう。

 ある施設では、部屋は2人で一部屋、起床が6時で、昼食が12時、夕飯が4時で、10時消灯だと聞いたことがある。20代、30代… …自分と同世代の女性たちが、そんな場所に幾年も暮らしている。

 実際に暮らしている「人」を否定したいわけでは絶対にない。が、自分だったら、絶対に暮らせない… …という思いも強い。

 「障害を持つ人の恋愛と性」が、とかくじっぱひとからげにされて、あえて特筆すべき問題、と今以て言われざるを得ないのは、ひとつには、この圧倒的な、健常者の人々との住環境の差異があるのだろう。

「あなただったら、明日から、起床が6時で昼ごはんが12時で夕飯が4時でお風呂が5時、毎日、一年365日!!そんな生活、してください、と言われたら、できます?そんな施設に入りなさい、と、ある日、誰かが、あなたを捕まえにきたら、どうします?」

と、世の中すべての若者に私は聞きたい。ほとんどの人が、

「逃げます」

とか

「死ぬ気で抵抗します」

と、言うのではないか。それでも、入所施設にもニーズがあるからには、それぞれの立場からの意見があって、

「障害を持つこの子らが暮らせる場所があるだけでもありがたいんです」という親御さんとか、本当に多様な、ご意見があるだろう。が、私があえて障害を持つ「本人」だけに言いたいことは、現状に、自分は本当は納得をしていないなら、本当はもっとこうしたいのに… …とか、やってみたいことがあるのに… …とか、思っているんだったら、その<本当は>という魂の声にだけ従え、ということだ。

 現代(いま)は、人として生まれたその一生を、障害があるからってあきらめて死んでいいような時代じゃない。

 それに、世の中にエスカレーターもエレベーターもなく、階段しかなくて、外へ出れば警察や駅員さんに捕まり、入所施設へ引きずり戻されたような時代から、先達も、あきらめなかったと思うよ?

 と、私は誰かに伝えたいのだ。障害者としても、人としてもね。

 私だって、夜に一旦車いすから降りれば、ベッドの上では、自分の首ひとつ起こせない。トイレ、着替え、風呂、車いすへの移乗、料理を作ること、洗濯を洗って干すこと… …日常動作、家事全般… …どうしたい、と、介助者に支持を出すのは私だけれど、立ち動くのは介助者で、要は<全介助>である。

一人で出来る事は、パソコンを打つこと、しゃべること、歌うこと、介助者と共に作った食事を、もぐもぐと噛んで飲みこむことくらい。

 最近では、コーヒーカップも重いものだとまったく口元まで持ちあがらない。そういう、筋肉の難病(ウエルドニッヒ・ホフマン症)とともに生てきた。

 が。

「だから何なんだい?」

と思ってきた。心の中まで、車いすに乗っているわけじゃない。それを思わせてくれたのは、家族であり、友人であり、人生のそれぞれの時期の恋人であり、先天性の負けん気であり… …。

あきらめることは何もない。あきらめければ、それだけで、道は拓けて幸福になる。恋愛もそう。恋愛以外の、環境的なことだってそうだ。外へ向かって本気で叫べば、必ず誰かは見ていてくれて、呼応する声に応えてくれる。

 そういう風に、私は恋愛をしてきたし、生きるために、人間に巡り会ってきた。

 それはすべてが、素敵な出会いで、介助スタッフや、音楽仲間た、そして恋の相手は、やっぱりその中のどれとも違う、特別な存在であると思う。

 10代には、養護学校と家の往復というごく狭い世界ながらも、そのトシなりの恋愛をした。中学や高校時代の、まだ実家を出る前には、まだケータイがない時代(!)電話の子機を部屋に持って行って籠っては好きな男のコと長電話をして

「家族のだれも電話が使えないじゃないか!」

と、父親に大目玉を食らったり。ホペベルでメッセージを送り合ったり。家族には、

「大勢で友だちと遊ぶから」とか、

「ボランティアさんと買い物に行く」と嘘をついては、何とか彼氏に会えるよう、幼い試行錯誤をしたり… …。

22歳で家を出てからは、まさに翼が生えたよう。狭い2部屋のアパートに、私、彼氏、私の女性介助ヘルパーの計3人という特殊な状況で半同棲のような生活をしたり、女性ヘルパーと私(!)とに同時期に二股をかけた男がいたり… …と、恋多き、ハチャメチャな20代を本当に謳歌したと思う。

恋愛の先に結婚の話が出たとたん、相手のご両親の猛反対を受けて、その恋が破局したこともあった。

「結婚は、障害者だけはやめてくれと言われたんだ」

と、ご両親と私との間で苦悩していた当時の彼の苦悩の顔。

「一生私は、相手のご家族に忌み嫌われていくのかな」

と思ったら、百年の恋がクールダウンしてしまったときの、あの、自分の心の中だけに解る、心の変遷のこと。今も感覚として覚えているのにもかかわらず、なぜ、こうも私は、性懲りもなく人生でばったり会った男性についうっかりまたときめいたりできるのだろう。… …と、私の日々はこんな感じに出来ている。

 そして全国には私なんてものの比ではない、もっともっと価値観のぶっ飛んだ人や魅力的な人々がいるのだろう。

「障害者」は作られる。ドラマや書物のイメージだけが独り歩きする。そして、いつまで経ってもそれは、アルプスの少女ハイジのクララであり、ビューティフルライフの杏子であり、余命幾ばくもない感じ、サナトリウム・ロマンスの域を出ないのである。

が。

「障害者への<先入観>こそ歩けないことそのものよりもよっぽど障害だ」

という熱弁を、ツバを飛ばしておっかない顔で一席打っても誰も聞くまい。だから今、

「私だってセックスくらい好きなとき好きなだけやりますよ?」

と、人工呼吸器をつけている女のコや、寝たきりの姿勢で暮らしている美女が、どんどん語ればいいと思う。極論、ALSで杉本彩さんみたいな人や、筋ジストロフィーで叶恭子さんみたいな人はいないのか。

差異は魅力である。人と違えば違うほどいい。そういった勝負処はオンナにだってオトコにだって、人生に何度だって来る。仕事だけじゃなく、恋だって、ほんの少しの頓智やアイデア、発想に賭けてみればいいのだ。

障害によって寝たきりの、例えば女性だったなら、

「最初から寝たきりなんだからベッドインが楽でしょ。ふつうなら男の人はそこまでのプロセスを駆け引きすることに苦労するんだから」

と、ベッドから目くばせをすればいいのだ。恋愛の、のっけから女性がすでにベッドの中にいるなんて、男性にとってこんなうれしいことないじゃないか。加えて、世の中には、ストレッチャーという便利なものがあるので、ベッドごと、どんな場所へ、どんなデートにでも繰り出すようなタイプの女性たちもいる。車いすであれ、ストレッチャーや呼吸器であれ、見慣れないと、

「マジどんな“タイプ”だよ?」

と思うでしょうが、とにかく、そんな女性の方々が、恋物語を公にたくさん聞かせて下されば、素敵だなあ、と思う。

ちなみに私は、

「ふつうの女のコなら、愛情深く抱きしめるまで時間がかかることもあるだろうけど、初日からだっこするしか(車の助手席に乗る手段が)ないんだから、そんな私に巡り当たって幸運だったと思って頂戴?」

と、人生の折々の彼氏に言った。その中で、

「ほんとだね、もうあきらめたよ」

と言って、着替えから、お風呂に一緒に入ることから、生理のときのトイレの介助まですべてやってくれた彼氏とは、前述の結婚の話になった。結婚に際し、

「障害者だけはやめてくれ」

という彼のご両親の言葉は、人生の一時期、胸にグサッと刻まれたが、

「恋愛は本当にもういいや。結婚なんか、間違ってもするもんか。」

と、思ったあとにさえ、ちゃんとまた恋に落ちるのだから、人は(私は?)、けっこう楽天的にできているものである。

そんなわけで、障害に起因して何かが叶わなかったり最後の最後であきらめたり譲ってしまうようなことできごとにもたまには巡り当たるので、

「恋愛に、障害なんて全然関係ないじゃない?!」

と、カンタンに言ってしまうのはあんまりにもキレイゴトだとは思うけれど、かと言って

「障害者だから私には恋愛(やセックスや結婚や出産)は、ムリ」

と、あきらめる内容のことでもないよ、と、私個人的には思う。

 私の友人は私と同じ筋疾患で、筋力も無ければ骨も脆いはずなのに、結婚して健常児の元気な男の子を(帝王切開で)産んだし、車いすユーザーであるとか、人工呼吸器ユーザーの女性たちにも、素敵な恋愛や結婚生活を送っている人はたくさんいる。なので、本当は、

 「だからあなたも人生自由にやり抜いて?」

と書いて、エッセイを終わりたいのだが、それでは話にならないので、もう少し書いて終わろうと思う。

 しかし、それでも、何が何でも、恋愛を、「あきらめるべきこと」と頑なに感じてしまう、障害を持つ特に女のコには、どんな要因があるのだろう?と、ふと考えるに、生活に<介助>が介在することで、恋愛や性についての「語りずらさ」や「遠慮」の感覚が増しているのではないかと思う。介助者と自分で一人前、介助無しの一人称では半人前、

「自分のことも一人で出来ない人間が恋愛や性なんて… …」

という感覚。介助を必要としながら生きる自身への抑圧感… …。

少なくとも、ひとり暮らしになってすぐの頃には私にはそんな感覚が強くあったし、それは、心を過去まで遡ればとても根が深いものだった。そんな人が“たくさんいる”かは知らないが、“確かにいる”とは、障害をもつ当事者のカンとして思う。

あえて、「障害者と性」と言うならば、障害者と健常者で大きく違うところは、多くの場合、障害をもつ人はその生活に介助を必要とするところだ。「障害者の恋愛と性」にとって、日々、私生活を共にする介助スタッフが、障害の程度だけではなく、<人となり>を理解してくれる仲間であるかどうかは、特別に重要なポイントである。

私の家には、

「私はダッコ(私のあだな)が、隣の部屋で彼氏とセックスしていても別に全然平気だから。面白いから、そばで見てるかも。セックスするときはやってる隣で正座で本読んで待機してて、トイレに行きたいときにだけ、トイレよーって呼んでくれればいいんだからさ」

という介助者や、

「終電でも始発でも付き合いますから、好きな人に会いに行かないんですか?行きましょう?ほら、もうすぐクリスマスも来ますよ?」

と、私を、恋愛をする方向へ差し向ける(?)介助者などがいて、余すところなく全員が個性派である。彼らが素晴らしいから、私は恋愛にも、また恋愛以外の日々のできごとにも、前向きな気持ちでいられるし、

「恋愛や性の話は、介助者には話しにくいな… …」

と考えたことは、生活にある程度慣れてからはまったくなくなった。

「そんな思いつめた顔をしてパソコンに向かってばかりいないで、たまには『今日は彼氏が泊まりに来るから夜勤の介助は要らないわ』って言って下さいよ?帰ったふりして窓から覗くとは思いますけど♪」

とか、そんな会話は常のことである。

そんな日々で、ずっと以前から思っていたこと。それは、介助には、ヘルパー資格の級によって、

「爪切りをしてはいけない」

「カミソリなどの刃物を使ってはいけない」

という法的な規定があったり、その上更に、

「メイクは介助に入らない」とか、

「介助者本人の食事は作って良いが、その他の者(友人・恋人など)の分は作ってはいけない」という事業所ごとのばかみたいな決まりががんじがらめにある場合が多いのだが、

「こんな介助の決まりの中で、恋をするのは大っ変だ!!」

ということだ。

私は、重度障害者である前に、トシ相応の女性として、一人暮らしの理由なんて、

「親元から立派に社会自立をして、障害者でも頑張って地域社会に参加をしてゆきたいです」

と、判で押したようにみんながみんな同じことを言わなくたって、

「あらぁ、えらいわねえー」

と絶対的に褒めてもらえる回答を言わなくたって、もう、いいと思っている。

「未来は無限と思いたいしこの世のすべてを知りたいしオトコにモテて親兄弟にも福祉の人(?)にも干渉をされずにプライバシーを守られてオンナとして好きにやりたいです、あなたも自分の一生を親元や施設だけで終わるなんてイヤでしょ?」

と、ある程度“本当のこと”を言ったって、バチは当たらないと思っている。バチなんて発想は、そもそもが、酷いし暗い。

 でも本当のことを言う人はまだ少なくて、だから、<人として>、<オンナとして>の自分の信念に沿った介助者がそばにいるのかな、ということは、大切である。

 場合によっては障害をもつ女性の恋愛の運命を分ける。

 だって、性愛の体験をしようにも、前の段階があるじゃないか。素敵な相手に巡り合ったら、その相手には、特別に自分のことを気に入ってもらわないといけないのだから、それには、第一印象で(絶対に!)素敵だなと思わせる、ファッション性であったり、清潔感であったり、ヘアメイクであったり、せめてそれなりの「障害者としての」ではない、「女性としての」身なりでいなければいけないのだ。少なくとも、「いくらなんでも……」という類の状態に自分を置いては絶対にいけない。爪もムダ毛も伸び放題、髪はボサボサ、服にも靴にも構わない、すっぴん、で、惚れて下さいったって、ムリ。

で、ことによっては介助者に髪を結ってもらい、ファンデもチークも塗ってもらい眉毛も書いてもらわねば、ヘアもメイクも整わないという意味では、歩けないよりよほど深刻な(むしろそれこそ!)障害と向き合いつつ生きる女性にとっては、

 「今日のお風呂は最っ高に自分を奇麗にして、アンダーヘアまでちゃんとして、カレが来るから下着はこれね♪」

と、(たとえ障害をもつ本人が四肢マヒだろうと寝たきりだろうと!)言える、良い介助者がそばにいるか、が、ときとして彼氏本人よりも大事だと思えるほどに大事だ。

 人に愛し愛されることは幸福なことだ。そして幸福は連鎖するものだ。自然に顔が笑顔になり、心がハッピーになり、それは自分のごくそばにいる人たちには温度まで手に取るように伝わる。

 障害をもつ本人が幸せでいれば、きっとそばにいる介助者も幸せな気持ちで仕事に誇りを持てるだろうし、反対に、日々ネガティブなことばかり考え、ひがみや愚痴、「どうせ私なんか… …」とばかり言っていれば、まず、恋よりも先に介助者が遠ざかってしまうだろう。

 夢にでも、仕事にでも、恋愛にでも、広義の意味で人生に、内容が何であっても、チャレンジすること。その充足感やときめきは、巡り巡って、介助の質も必ず上げる。

 その連鎖は、やがて、本当の意味で社会を豊かにする。お金とか、利便性ではないところでね。

 「なんであなたはそんなにも前向きというかアッパーに物事を考えられるんですか」

と、たまに問われることがある。

 最後になってしんみりするのはとても嫌だけど、私は同病の友人を、10代のうちにたくさん亡くした。だから、私やあなたが生きている<今>は、その先に亡くなった友人たちから見たら、夢だ、ということを知っているのだ。一日ごとが、一時間ごとが、燦然と輝く夢そのもの。

 障害の有無にかかわらず、人間は、ある日突然死ぬ。そしてその日を、誰もいつだと教えてくれない。私たちは、毎日常に意識をしているわけではなくとも、本当は、本能でこのことを知っているはずだ。死ぬ時に後悔したって遅すぎる。

たとえ死ぬ日が選べなくとも、私たちは今、生きている。死ぬ時に、

「好きなら好きって言っておけばよかった」、

「腕の中に抱きしめてもらいたかった」

「きのう、会いに行けばよかった」と、思いながら死んでゆくのはまっぴらだ。享楽的だと言われようが、人生は、今この瞬間を幸福に生きること以外に、自分にも他者にもしてやれることは何もない。昨日はすでになく、明日は今じゃないのだ。遊び狂えとか、恋に狂えと言いたいのではない。やりたいことはやればいい。じゃないと、死ぬとき後悔するよ?と、誰へでも、伝えたいのである。案ずるより、生むが易し。恋だって、きっとそうだよ?

それにしても、前述の通り、恋愛も性も自由奔放で考え無しに10代、20代を過ぎた私が、今思いを寄せている(?)相手は、これまた私以上の変な人なのである。

 初対面で、

「もしもトイレに行きたいようなら僕がやります」

と(散々)押すし、遊びに行けば、

「僕は今から君に珈琲を入れてあげたいんだけど、珈琲に際してまず問題になるのはトイレなんだよね、トイレ。介助さん、ちょっとうちのトイレで裕さんができるかどうか、先に見てきてくれるかな?そこの廊下の先だから。」

と、コーヒーを入れて下さる前に前説をするし、

(なんて私のトイレの心配ばかりを強烈にする人なんだろう)

と、会うたびに思うのだけれども、私にとってある意味ですべての恋、すべてのデートに一生ついてまわる「一番の心配ごと」の的をいきなり得ていて素晴らしいし、もうとにかくこの今回の枚数にはすべてが納まらないほどに、すべてが変わっているのである。

 その人のことは好きだけど、顔を見た瞬間に、毎回、

「トイレはまだ平気だから!」

と、「こんにちは」とかの前に言いそうになる。… …優しい人である。

 手に触れただけでも幸せになる、という、これまでの私ではありえないものを、その人からいつも教わっている。

 「… …ピュアになっちゃったらどうしよう?!」

と、眉間に皺を寄せて腕組みをする毎日である。

 でもまた会いたい。

 それが恋だ。

 夕べ会ったのに。

 これが恋だ。

みんな幸せに、なればいいと思う。… …なんてことを、いたく素直に考えてしまう。そう思わせる、誰かに出会ったっていいのだ。

誰でもが。誰かに愛し愛されて、いいのだ。

 あなたは歩けるし走れるし飛べる。

いつでもどこにでも行けて誰にでも会えるんだ。

ほんとだよ?

… …スピッツの『愛の言葉』を聴きながら、これを書いた。だからタイトルは、愛の言葉。

映像部門

 佳作・「Bomb!!」 姫宮みなも



映像部門

 佳作・「恋だけがしたいワケじゃない。」 吉田ゆきの



TENGA賞(特別協賛企業賞)

 佳作・「Foo」 佐藤大介

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TENGA賞(特別協賛企業賞)

 佳作・ YASU

yasu


TENGA賞(特別協賛企業賞)

 佳作・「オナクッション」 東海林将司

Ⅰ.はじめに

(1)今回、身体障害者がTENGAを使用する際の自助具(補助具)のアイディアとして、一般に販売されているクッションを用いて縫製しなおし、上肢に障害のある方を想定して作成したので下記に報告する。

写真は別紙に添付する。

Ⅱ.概略

(1)対象者について

上肢(肩・肘・手・指関節)の動きに何かしらの障害がある場合、TENGAを直接把持して陰部に当て、マスターベーションを行うための上肢操作(活動)ができない場合が想定できる。

今回は、上肢に障害のある方でも特に、脳性麻痺の痙直型の方を想定して作成した。脳性麻痺の痙直型の場合、1)『屈筋と伸筋の両方が過剰な筋緊張を持つため、関節の可動性は両側方向に抵抗を示す。外からの刺激に対する反応や興奮、わずかな運動により筋緊張が更新する。これが、年齢とともに、筋緊張亢進状態が固定化され、運動性を失う。』とあり、上肢の関節拘縮による制限がみられるため、自助具(補助具)の役割としては、上肢の動きを補助するものを作成した。

(2)自助具(補助具)について

TENGAに自助具(補助具)を取り付けて上肢の動きを補う役目をとる自助具(補助具)を作成した。

材料は一般の大型スーパー(イトーヨーカドー)で量販されているクッションを作成材料とすることで、当資料を参考に作成すれば誰でも作成可能なものを目的とした。

Ⅲ.作成について

(1)作成費用

・クッション代=780円、糸代=105円、針代=105円、布(ハンカチ)二枚、

合計=990円

(2)材料

・ハート型クッション(クッションに手が入れられるタイプのもの) サイズ約40×38cm

・糸(普通糸)

・針(普通針)

・ハンカチ(薄手)

*使用したTENGAは、US.TENGA テンガ ディープスロートカップを使用した。

(3)作成方法

1、ハートの端を縫い合わせる。

2、手を差し込む(入れる)穴のために2箇所に印をつけて、約15センチ横に穴を開ける。

3、ハンカチを袋状に縫う。

4、袋状にしたハンカチを縫い合わせてクッションの中に入れる。

5、TENGAを入れて位置確認を行う

Ⅳ.使用方法

(1)使用操作方法

1、TENGAをクッション内に装着する。

2、各穴に、手を差し込む。

3、位置の調整を行い、抱え込む。(介助を要する。)

4、抱え込みながら上下の動きで調整する。

Ⅴ.考察

(1)自助具(補助具)名は『オナクッション』とした。作成するにあたり、使用者に対しての導入方法として気づく点があった。上肢に障害のある場合を想定した際、①道具があれば自己で装着準備(セッティングから片づけまで)をすべて行える方。②自己で装着準備は行えないが、セッティングを行ってもらえば自己で行える方(セッティングと片付けのみを行ってもらう方)。という、大きく2通りがあると考える。

今回作成した自助具(補助具)は、両者を兼ねるが、特に②のセッティングと片付けを行ってもらう場合を想定した内容の自助具(補助具)である。

作成者が実際に脳性麻痺者を模擬的に想定して使用した場面では、手関節部分はクッションに固定しており、主な運動は肘関節の屈伸運動であった。また、体幹の屈伸動作での、ゆっくりした動きでも可能であった。

デザイン性として、一見どこにでもあるクッションであり、マスターベーションのための自助具(補助具)としては見えない点がある。一緒に暮らしている家族等にも特に怪しまれない点も考えて作成した。

また、シンプルな形状であるため破損についても修理が簡単である点や、このタイプをベースとして使用者に合わせて作成する幅を広げることも可能であると思われる。

また、今回使用したTENGAは、US.TENGA ディープスロートカップを使用した。

挿入面のスムースパッドが広く、挿入しやすい点と、自助具に設置する際に大きいTENGAの方がズレ落ちしにくい点があることで選択した。

今回の課題としては、実際の対象者に使用できていないこと。空気穴の調整は自己で調整できない点があるという問題点が残った。

Ⅵ.おわりに

作成するにあたり、実際に使用する方がどのような身体機能の制限があるか、その方に合わせた自助具の作成が非常に重要であると考える。また、実際の対象者からの要望にあわせて相談し、自助具作成する場(環境)が必要であると思う。

Ⅶ.引用文献

1)図解 作業療法技術ガイド 第2版 文光堂 P648

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